メールのやり取りの中で、友人が「悟りを開いた」と称した知り合いについて、ご自分の見解を示したのです。結構分かりやすくて意味深い。私一人で「独占」したらもったいないと思って、友人の許諾を得て、みんなで享有することにしました。ちなみに、友人は長年仏学の研究にも携わり、元極学をこよなく愛しています。
どうぞご覧下さい。(この文章を書いた方は何弁でしょうか?)

私の知り合いはよく「菩提心を垣間見た」といいます。そしてそれはあなたのレベルではわからんから説明しても分からへんと言います。けど私は彼は悟ってないと思います。
心も身体も安らいでないもんなぁ。けど自分が悟ったと思ってそれでなんか優越感に浸ってやって周りに迷惑かけてへんたらええかぁと最近は思ってまして。悟りってのは自分では分からんのと違うやろか。私はむしろそんなことを四苦八苦して追い求めるより、この世界で自分たちが本来するべきことを見つけ、ただそれをするのみかと思う。
最近思ったのは、私らが、宇宙からもらうエネルギーはこの世界で他の生き物たちと共に、助け合って生きるために身体を通して授けられ貸してもろてるもので、それをエゴのために使うと本来の目的から外れてしまうから、自身や周りを歪めて苦しめたりするんやないかなと思う。
自我は自分の身体も心も何も分からずそれらを自分の持ち物みたいに思ってるけど、それが間違いであることを様々なことから気づいていく。自分がいかに世界を知らないかを気づいて自分の小さきことを知ることに気づく。それからが本当の宇宙からのエネルギーが合目的的に使われだしていくんかなと思うな。宇宙のエネルギーは言い換えたら宇宙の意思とも言えるん違うかなと思うようになった。至ってシンプルなことやねんけど、人間という枠にとらわれるから見えにくいなぁと思う。

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