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三日目、動功に入る前の準備としての予備式と五臟に活力を与える六字訣の発声について説明を受け、その後で実際に第一式から第三式までの動功の指導を受けた。

動功は形(動作)・神(呼吸と意識)・訣(音)の三味一体で行うことが重要なようだ。
副院長先生の動功の実演は、静かで、安定していた。
その姿が脳裏に焼き付いた。
下痢に攻められながらではあったが、貫頂・帯功が楽しみになってきた。

この日は薬浴、マッサージを受けた後、地上11階、地下2階の元明塔に昇った。
ここはゼロ磁場の上に、さらに張志祥先生がエネルギーを集中投入された場所で、様々な奇跡を起こすことで有名な所だ。
急な階段も楽々と昇ることができた。
上階にゆくに従って窓の高さが低くなる。

米強先生が、「なぜ窓を低くしているか」と質問された。
答えは「上級者になればなるほど謙虚になる必要がある」いうことを示唆しているということだった。

なるほどと頷ける。
賢人に居丈高な者はいない。
人の心が分かり、人と一つになれて初めて、道が見えてくるのだろう。
道を究めれば、自我が消滅した状態になるのかもしれない。

この日も補講があった。
前日の補講の評判を聞いた為か、この日の補講には、大勢が出席した。
対象が上級者向けだったため、難しい部分もあったが、副院長先生の実演指導が沢山あり、非常にすばらしい内容だった。
特に太陽と一体になる功法は重さをも感じさせるものだった。
この日に注文してあった薬を米強先生が配ってくださった。
ギフト用ケースを破棄しても、スーツケース1杯になるほどの膨大な量だ。
どうやって持って帰るか?


四日目の講義は按摩法だった。
元極功法の按摩法は他の功法と異なり、皮膚や筋肉を揉むのではなく、内蔵をマッサージするのだ。
意念は常に内部に向けなくてはならない。
集中して心竅合一し、雑念を排除して、念訣し(真言を唱え)ながら行う必要がある。
神光観照(手のひらの労宮からエネルギーがほとばしり出ることを意識する)し、胎息を行う(身体から吸って、身体から吐くことを意念する)。

身体と息と心を一体化させながらおこなう功法だ。
言葉では表現できても至難の業だ。
しかし、自分としても過去に白隠禅師の南素の法で体験したことがあるので、胎息や身息心合一の重要性はよく分かった。
この日の貫頂・帯功は本当にエネルギーを受けているのが感じられた。

午後は薬浴・マッサージの後で、元明塔の記念品売り場を経由し、元極堂(祈福堂)を見学した。
ここは建設後に張志祥先生が意念集中してパワー投入した建物だそうだ。
メンテナンスがなされていないため、外観も内部も痛んでいた。
しかし其処に立っている碑には、「皆大歓喜」という宇宙の理想状態を表した文字が書かれていた。

本来は此の大自然は、そのままの状態でこの碑の言葉の通りなのだと思うのだが、人類は自然を見失ってしまっている。
後天で得た経験と先天の大自然の融合が必要なことを、この碑は物語っていた。

この日の夕食はメンバーの女性の誕生日のパーティをも兼ねていた。



つづく



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元明塔

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祈念堂
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