引き続き、甲田さんからの寄稿文です。


人の心が世界を創っている。偏見も差別も戦争も飢餓も心が創り出す。一方で、共感や協調や先進科学や芸術も人の心が生み出す。自分の心が定まらないように世界も定まらず混乱している。人の心とはそのようなものかもしれないが、もっと深い心が有るのではないか?という問いを捨てられずにいる。また、もしその深い心を悟ることができれば、世界はもっと幸せになるのではないか?と思っている。

元極功はより深い心を悟るための具体的な方法を提供している。
先ず初めに「点を心とする」という段階が有る。実際には身体の一点に意識を置き秘訣を黙念する修練を行う。次いで「体を心とする」「情報を心とする」「天地を心とする」という段階がある。天地を心とする人はいわゆる聖人の域に在ると言える。

意識を身体の一点に置くことは、誰にでもできることだ。元極功は、誰にでもできることから始めて聖人の域にまで至る方法を示している。
しかし、折角方法を教えられても実践しなければ何にもならない。実践意欲を保ち続けられるかどうか?それが問題だ。

目標を健康に置くのか?能力開発に置くのか?悟りに置くのか?いずれにしても、自分のためだけでは意欲を保てないような気がする。自分が得たものを他の為に活かすのだと思えば、意欲は尽きることが無いように思う。
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