2011.12.05
友人からのメールです。

ちょっと難しい文章やけど、一読に値すると思って、アップさせていただきました。
辛抱して終わりまで読んでください。
おおきに!(By 米強)



先生こんにちは!

私~最近レポート書いてて自身の中で、世界の中での役割と生きる意味とが、この宇宙全体生命と結びついて見えるようなった。
私らは宇宙史を担ってる存在。
けどなかなか結びつき悪くて、気の巡りがちょっとようなったんかな。

結びつき悪かったのは、自然を対象化して見る科学の目を通して見てたことにも一因あると思う。
自然科学では物質にいのちは無く、そして全体と自分は切り離されている。

思考も自然科学の因果律を根底に持つから、原因と結果という思考の枠に当てはめる。
またどんな思考も固定化する傾向がある。
こういうとらわれからの解放も必要やったやろな。

切れ切れになって出来た無機質な世界像をもっと変えて新しい世界観を作らんならんと思った。
これは、私の中で自然科学の言語体系に新しい言語体系を絡ませて作っていかんならんなぁ~と思う。
子どもらに思考の材料を与える立場やし、自然科学の言葉で語ってても本人らが自分の生命とかと結びついてないから余計理解不能になったり関心が持てへん。

私、行き詰まっててんけど、やはりこれが自分の課題やと思ったのです。
結局分化した学問を結びつけて行くことなんかな。
まだまだ勉強せんならんと思う。
だからちょっと勉強面白くなってきた。

先生のやって下さっていることは、体内の全体調整やけど宇宙全体をその中に映し出してくれるということやな。

ほんで、すごく身体を大切に扱うし、按摩功なんかは身体を撫でたりしてる。
宇宙の象徴としての人間をいたわるのやな。

それは人間だけでなく万有のいのち(この宇宙の中で違う形を持って共に存在し、常に移り変わる全体)を愛おしむ気持ちで大切にすることと等しいしそういうことが現象世界に反映される。

気の巡りを良くするのは感情や思考の固着を取り循環を良くし、常に体内での移り変わりを促して変容を起こす。これは個人でみれば、個人の進化やな。
大きく見れば宇宙全体の進化や。
解釈が間違ってたらごめんなさいです。
けど私にはそのように感じられる。

あ、今思った。
按摩功の自分の身体を自分の手で撫でるのは自然の極性に翻弄される自身をコントロールする主体の開発の意味もあるかな。
太極図の真ん中の円を自らの力で見つけ出す。



*注:作者は高野山大学の修士課程在籍。児童の教育研究に携わっている。
前掲記事:「悟りってなに?」
        http://genkyoku.blog52.fc2.com/blog-entry-99.html

<米強の寸評>
科学の限界を鋭く指摘されていることと、元極按摩法を通じて気の巡りをよくすることは、感情と思考の固着を取り払うことにもつながるという発想は素晴らしい。
元極の動功・静功と並んで按摩法も立派な心身両面を開発する方法である。