上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
体験者Iさん(男性)のコメントを紹介します。
皆さん体験談など、どんどんお寄せくださいね。

「私は脳挫傷をしましたが、その挫傷痕という脳の傷跡が判らなくなるほどの回復をしました。

それは勿論命を助けて頂いた医者が居なければならなかった事ですが、その後の生活を考えたら元極が無ければここまで普通の生活は出来なかったと感じています。」




スポンサーサイト
2012.05.11
2012-05-08 14:38:36 mawomの投稿
テーマ:中国元極功法
今回も海辺で動功の実習を行い、按摩法、静功の実習もしっかりやりました。

元極功で大事とされる「心、徳、功」のうちの心についての講義がありました。
以前十分時間をかけて教えて頂いたのですが、判っておらず、今回初めて理解できたことがありました。

誰でも一つのことに一心に打ち込めば、他人からは超人ではないか?と思われることもできる、ということは私達も見知っていることだと思います。
ここから、「一つのことに打ち込むことによって深い領域が顕になり、その深い領域の法則がその人を支配し、その人は深い領域の智慧とエネルギーを得てそれを活用することができる。」という考えに至り、心の開発に対する理解の助けになりました。

元極功では、天地万物の根本法則に通じている(人間の)心を慧心と呼びます。
最終的には慧心を開発し、天地万物と一体になるのが、元極功の目標かと思います。

その第一歩が竅穴の開発です。
竅穴(きょうけつ)は中国語では窍穴と書きます。
で、先生は常々、「窍穴はただの穴(ツボ)ではなくて、穴(ツボ)の巧(たくみ)です。」と仰っていて、確かに読んで字の如しなのですが、それ以上深く考えていませんでした。

一意専心して巧(たくみ)になることによって、深い領域が現れてくる、ただの穴(ツボ)も開発すればそこに根本法則が現れてくるということだったのだと理解しました。

開発された竅穴は慧心の働きを持ち、身体全体を調整することができるそうです。

一つ一つ竅穴を開発してゆくと、天地万物との一体感も深まって行くのでしょう。
竅穴は十二個有りますが、全ての竅穴を開発すると、終には身体全体が一つの竅穴のようになるそうです。

竅穴の開発には十字真言が使われますが、十字真言も万物の根本法則に通じる大事な情報ですから、 これを唱えて理解を深めてゆくことは、やはり天地万物に通じてゆく筈です。
十字真言を唱えるだけでも立派な修練になると言われるのも納得できます。

さて、各竅穴の開発は、総竅とも呼ばれる眉間の少し上に有る上丹田を通して行われますが、では、その上丹田を先に開発すればより速やかに進歩するかというと、幻覚が生じるなどの弊害があるそうです。

やはり下位の竅穴から開発していかないと、安定した進歩はできないようです。
これは、ヨーガにおけるチャクラの開発などでも同じようなことが言われています。

何かを一足飛びに得ようとする考え方そのものが強い欲望であり、伝統的な修行の目指すものと合致しないのだと思います。

修練の進歩には、「心、徳、功」の徳、功も大きく関わっています。

次回の講義が楽しみです。

ミクシィ・元極学コミュニティ

*米強による注釈::
5月8日の講義について、ベテランの鍼灸師「みのたろう」さんが書いた感想文です。講義のポイントを上手にまとめられたので、「心」特に「窍」を理解するには、一助になると思います。無断で転載させて頂きました。有難うございました。
*「みのたろう」さんのブログ:
http://ameblo.jp/mawom/entry-11237872208.html
2012.03.05 学友通信
 3月4日の元極功伝授員初級コースに参加された方から、こんなメールが寄せられました。
「新人」といえとも素晴らしい内容で、私にとっては更なる精進の糧になろう。
有難うございました。では、皆さんで楽しみましょう。

米強先生
こんばんは。
昨日は 一日ありがとうございました。
帰宅途中の車の中で
帰宅してからも
そして、今日も・・・一日の講義を振り返り浸っていました。
奥深い元極を学ぶ事は、生きるという奥義探求することですね。
今こうして元極に知り合えたこと とても不思議に思っています。
先生の想い 張志祥師の想い 再び聞いて
昨日の特別コースに参加した機を、無駄にしないようにと思っています。
日々生きる事が どんなにありがたいことか
今、帰宅途中にも[あたりまえ]になりすぎていないか?と自問して帰宅したところです。
あたりまえ・・ではなく すべてが特別で生かされていると思うことと
生きるという事が 修行の???ようにも思える最近です。
お礼と また次回伺う事を楽しみに
ありがとうございます。

From: S.T
Sent: Monday, March 05, 2012 5:50 PM
To: 'mgenkyoku'
Subject: RE:
米 強 様
本日はわかりやすい講義ありがとうございました。
これからも知識の学習と実践の両方を続けていきたいと思います。 
謙遜なのでしょうが、張先生がご自分のことを元極においては、
まだまだ小学生くらいと言われているということを聞いて、
これは、自分など死ぬまでどころでなく死んでも極められない
のではないかと思っています。それでも、自分なりに天人合一を
めざしていきたいと思いますのでよろしくお願いします。

From:O・Z
Sent: Sunday, March 04, 2012 11:06 PM
To: info.genkyoku
Subject: これからも続けていきたいと思います
2012.02.21 蓮花山体験記
分杭峠ツアーで知り合った井川さんご夫婦が、年末定例の蓮花山ツアーに初参加。それが故に見たり聞いたり体験されたりしたすべてが新鮮そのもの。
では、井川さんが書かれた紀行文をご覧ください。(http://www.4118.jp/blog/2258.html)
2012年02月07日
なんと7年ぶりの中国旅行!妻は、初の海外旅行で、
行くまで「私は行きたくない!」…ぐらいのことを言っておりました。
が、お互いの健康のため、幸せになるために行く事に決めました。
なぜ、この中国蓮花山のツアーに行く事になったかというと、
以前、このホームページでも書きましたが、「分杭峠」のバスツアーで、
知り合いになった、米強先生のツアーなのです。


ツアー日程
平成23年12月28日~平成24年1月4日(8日間)
12月28日 バスにて、成田国際空港まで、飛行機にて武漢国際空港へ
        ホテルには、夜中過ぎに到着。就寝。
12月29日~  起床、ホテルにて太極拳
   1月2日  バスで移動(高齢者なので)蓮花山へ
(5日間)   蓮崋山病院にて、張先生の講義・貫頂・帯功・五行薬浴
         パワースポットを体験巡行
1月3日    武漢に移動し、観光
         湖北博物館・編鐘演奏会など
1月4日   朝食後、大型スーパーマーケットで、買い物空港へ…
        日本へ帰還!
さてさて、詳しくは、次回以降に、少しずつ書いて行く事にします。
お楽しみに…。
中国蓮花山 健康ツアー②
http://www.4118.jp/blog/2258.html





2011.12.05
友人からのメールです。

ちょっと難しい文章やけど、一読に値すると思って、アップさせていただきました。
辛抱して終わりまで読んでください。
おおきに!(By 米強)



先生こんにちは!

私~最近レポート書いてて自身の中で、世界の中での役割と生きる意味とが、この宇宙全体生命と結びついて見えるようなった。
私らは宇宙史を担ってる存在。
けどなかなか結びつき悪くて、気の巡りがちょっとようなったんかな。

結びつき悪かったのは、自然を対象化して見る科学の目を通して見てたことにも一因あると思う。
自然科学では物質にいのちは無く、そして全体と自分は切り離されている。

思考も自然科学の因果律を根底に持つから、原因と結果という思考の枠に当てはめる。
またどんな思考も固定化する傾向がある。
こういうとらわれからの解放も必要やったやろな。

切れ切れになって出来た無機質な世界像をもっと変えて新しい世界観を作らんならんと思った。
これは、私の中で自然科学の言語体系に新しい言語体系を絡ませて作っていかんならんなぁ~と思う。
子どもらに思考の材料を与える立場やし、自然科学の言葉で語ってても本人らが自分の生命とかと結びついてないから余計理解不能になったり関心が持てへん。

私、行き詰まっててんけど、やはりこれが自分の課題やと思ったのです。
結局分化した学問を結びつけて行くことなんかな。
まだまだ勉強せんならんと思う。
だからちょっと勉強面白くなってきた。

先生のやって下さっていることは、体内の全体調整やけど宇宙全体をその中に映し出してくれるということやな。

ほんで、すごく身体を大切に扱うし、按摩功なんかは身体を撫でたりしてる。
宇宙の象徴としての人間をいたわるのやな。

それは人間だけでなく万有のいのち(この宇宙の中で違う形を持って共に存在し、常に移り変わる全体)を愛おしむ気持ちで大切にすることと等しいしそういうことが現象世界に反映される。

気の巡りを良くするのは感情や思考の固着を取り循環を良くし、常に体内での移り変わりを促して変容を起こす。これは個人でみれば、個人の進化やな。
大きく見れば宇宙全体の進化や。
解釈が間違ってたらごめんなさいです。
けど私にはそのように感じられる。

あ、今思った。
按摩功の自分の身体を自分の手で撫でるのは自然の極性に翻弄される自身をコントロールする主体の開発の意味もあるかな。
太極図の真ん中の円を自らの力で見つけ出す。



*注:作者は高野山大学の修士課程在籍。児童の教育研究に携わっている。
前掲記事:「悟りってなに?」
        http://genkyoku.blog52.fc2.com/blog-entry-99.html

<米強の寸評>
科学の限界を鋭く指摘されていることと、元極按摩法を通じて気の巡りをよくすることは、感情と思考の固着を取り払うことにもつながるという発想は素晴らしい。
元極の動功・静功と並んで按摩法も立派な心身両面を開発する方法である。
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。