「張志祥先生は金持ちですか? あれだけ寄付されて」と。

この間連載した張先生からの伝言を読んだ方から、そういった質問が来ました。

お答えします。
張先生にお金はありますが、金持ちではありません。

張先生が持つ肩書きは、蓮花山の所在地の鄂州市「政治協商会議の副主席」です。
つまり、地方公務員です。
ちなみに、90年代の半ばからずっと副主席のポストにいます。
もらっている給料では生活は問題ないようですが、橋や道、学校、碑林など作るには、もちろん足りないはず。

張先生の主要な収入源は、元極書籍の著作料、元極秘薬の特許使用料などによるものです。

「倹約は美徳」とする張先生だから、蓄財もせず、豪華な調度品も使わず、食事は一汁一菜で、わりと質素な暮らしぶり。

私は何回もご自宅で招待されて「ご馳走」になったことがあります。
張先生の好物「臭干」(発酵した臭い揚げ豆腐)は必ず出されますが、いつもより野菜とか漬物が二、三品増えるだけ。
正直、最初はとても美味しいとは思いませんでした。

蓮花山基地そのものは張先生の一手で造られたのですが、当初から公正証書を作って、自分の財産ではなく、家族の財産でもなく、所有権は中国元極学研究会にありとみんなに示しました。

これが、張先生その人の姿です。

三、60歳まで60の橋、道、学校を造ること  (説明 by 米強)

蓮花山を元極の本拠地にしてから、張先生が自分に課した義務の一つは、元極を広めると同時に、還暦の六十歳になるまで、六十項目の義挙を達成することでした。

そして、2003年の誕生日には、見事に目標達成。

八つの省の24の貧困県で、四十四の橋を架けました。

道路二本を作りました。

井戸三つ掘りました。

義務教育が普及していない僻地で小学校十数校を作りました。

ここで、強調したいところは、元極学が盛んな時は、寄付の名義人は中国元極学研究会でしたが、蓮花山を出てからは、張先生が自分の名前を出さず、全て匿名で行われていました。

このような義挙は六十歳以降も続けられています。


二、湖北海音生物医薬有限公司の設立  (説明 by 米強)

気功の本場と言われた中国では、中医学の専門病院で気功科を併設することもあります。
北京中医薬大学では気功の修士コースもあります。
しかし、宗教的な色彩のあるものは、容認されていません。

厳しく取り締まられた「法輪功」はそういった気功団体一つです。
1999年の「法輪功事件」以降、大規模な気功団体に対しても、規制がさらに厳しくなりました。

元極功法は、中国政府によって「国家認定した健身気功功法」として改めて認定されたにもかかわらず、本部の所在地である蓮花山は強制的に国有化された経緯があります。

2004年にはAAAA級旅游区に指定されています。
その結果、以前のように蓮花山で行われていた集団で煉功することも出来なくなっています。
張志祥先生も2000年12月に蓮花山を離れざる状況になり、現在もその状況が続いています。

元極学の本部がある蓮花山が国有財産になってから、ピーク時には700名を超えた職員の多くがリストラされて、仕事を失いました。
その後、張志祥先生の努力によって、湖北海音生物医薬有限公司(http://www.haiyinshw.com/)が設立され、約100名以上が再就職できました。
現在では、道教系の伝統的処方をベースに「首烏茯苓」など国家認定の保健機能食品多数開発し、健康維持、免疫力増進、病気予防に効果を上げています。
また抗ガン剤との併用で、副作用を軽減しているとのガン患者さんからの報告もあります。



注)http://www.haiyinshw.com/ は、中国語簡体表示です。
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法輪功事件の影響で、2000年の終わりごろに蓮花山を離れてから、三つのことを実行しました。

一、家庭碑林「柏林碑苑」の建立。
二、湖北海音生物医薬有限公司の設立。
三、60歳まで60の橋、道、学校を造ること。



<上記の一についての説明> by 米強

「柏林碑苑」の「柏林」とは、張志祥先生の字(あざな)のことです。
「碑苑」とは石碑の庭園を指します。

家庭碑林がある場所は、湖北省・葛店鎮にある張先生の実家です。
元極道三代目家元・張先生のお母さんが現在も在住されています。

葛店鎮は、蓮花山の所在地・鄂州市の西より約40キロにあります。
紀元317年頃、神仙思想と煉丹術の理論書である『抱朴子』を著した葛洪に因んで「葛仙鎮」ともいわれます。

石碑は、2,600体余あります。
その内容は、「正心、修身、斉家、処世、創業、修真」を主旨に、「朝元図」を始め道教、儒教、民俗など伝統文化のなかで、代表的な物を集録しています。
個人の家庭碑苑という形で文化財を保存することは、中国の碑刻史上では先駆者になるでしょう。
ちなみに、碑苑のもう一つの特色は、張先生自作の詩文をたくさん集録しています。

*「朝元図」とは、元代(1300年ごろ)に描かれた壁画で、神仙達が「元始天尊」という道教の最高神に謁見する様子を描いた壁画群です。「朝元図」の所在地などについての解説は、以下のHPを参考にしてください。

 http://www.ccv.ne.jp/home/tohou/tabi%20115.htm 



張志祥先生 実家にて
実家1階 応接間正面 
(画面をクリックすると、大きくなります)


石碑

石碑(長城)
ご住居の壁にある石碑


次回は「湖北海音生物医薬有限公司」について、説明をします。

元極を一般公開してから今日に至って、四半世紀近く経ちました。

当初ほとんど世に知られていない元極は、蓮花山を基地にして、中国全土、そして世界に名を馳せました。
蓮花山所在地である鄂州(がくしゅう)市の要請に応じて、門外不出の秘伝を公開しましたが、

その目的は「元極を広めて、人類に幸せをもたらす」 ことです。

これまでの歴史を振り返り、またこれからを展望し、元極を応援してくださった皆さんに感謝の意を表すると同時に、自分の信念として、彩盤に「天地無私;歴史無情;世界公道;人民偉大」を镌刻(せんこく)しました。

(私見でありますが、試しに私が説明いたしましょう。米強)

天地無私 :天地の性質としては、万物を育みますが、私物にしません。

歴史無情 :歴史は過去の記録として、改竄(かいざん)できるものではありません。

世界公道 :善悪ついての判断は、権力者ではなく、決めるのは世界です。

人民偉大 :人民大衆こそ歴史を創る真の原動力です。



張志祥先生の彩盤
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